竜介軍少佐のブログ

色々投稿しようと思ってるので時々見てね

縮地の公園

令和三年二月十九日、竜介軍の岡田が謎の言葉を残し蒸発した。
『旅行だ。綺麗な世界に生まれ変わるんだよ。俺はちょっと旅行するだけだ。死に方を選べる環境は恵まれている』
その数日後、私たちは衝撃の事実を知る。岡田らしき人物が、兵庫県のある場所から飛び降り、病院に搬送された後に死亡が確認されたというのだ。
岡田は以前から自殺を示唆する発言をしていた。彼の煩悶懊悩と沈痛なる心の慟哭は自殺という選択へ至るに十分な効力を有していたのだ。
…私たちに、彼の自殺を止めることは出来なかったのだろうか?
出来なかっただろう。彼がどれほどの苦悩を抱えていたかなど彼自身でしか知りえない事だし、そもそもインターネット上という薄氷なる人と人との関係で、限られた通信手段の中から、私たちに一体何がやれるというのだろうか。最後にスカイプ通話という、直接語り掛けることが出来た竜介軍少佐でもそれが叶わなかったのだから。
竜介軍少佐によれば、岡田は「何かデカイことをやる」と言っていた。そんな発言をする人間が、まさか自殺をするなど予想出来るはずもない。だが同時に、岡田は自殺を決行する数日前まで逡巡をしていたということも分かる。当然だ。誰だって死にたくはない。少しでも未来に希望を持ちたい。
彼を知る私たちの間に、各々に差はあれど暗澹たる思いが募る。

——岡田はどんなやつだった?
——きっと忘れてしまうよ。
——どうだろう、分からないね。

故人曰く、人は二度死ぬという。生命としての死、忘れられるという意味での死。
「いや、俺は岡田を忘れない!あいつは若いのに達観していて、すごい奴だった!(竜介軍大本営より)
上記は竜介の言葉である。
………
……

北海道某所のとある公園。
この公園は在りし日の竜介がよく屯した場所でもあり、多くの人間を収容出来る敷地に恵まれている。しかし遊具は久しく手入れがされておらず、ジャングルジム、ブランコはすっかり錆付き、動物を模した砂場の石造りは塗装が剥げ、破損したらしたでそのままなので最早何の動物かすら判らない。昨今の少子化問題はこの公園の日常にも反映されているのか、近隣に住む住人の言によれば、最近は公園で子供たちが遊ぶ声を聞くことがなくなったとか。
そんな寂寥たる公園に今、子供ではなく大人が集まっていた。この街を守る者からすれば彼らに対し犯罪の臭いを嗅ぎ取ろうとするのかもしれないが、彼らが集まった理由はそうではない。
公園に集まった者たちはキスケ、ななしん、さとこ、ひろみGO、うめこ、おさんぽ、奏登、フルヘ、ルメ、スクアーロ。
皆岡田を知る者たちで、招集をかけたのは勿論竜介だ。彼としてはこの場にいない音大生にも是非来て欲しかったのだが、本人は傍観一徹の姿勢を崩さず結局姿を見せなかった。竜介軍少佐も招集には応じなかったが、その代わり竜介に“ある情報”を提供した。その情報の真偽は甚だ偽に傾くものと万人一致の見解であろうが、竜介としては招集をかける理由付けの一つとして都合が良かった。
たまらないのはこの場に集まった十人だ。大した理由も聞かされず、冬の寒い公園に来訪させられたのだから。こうしている間も止んでいた雪がちらつき始め、すっかり陽が暮れたために公園に備え付けられた街灯が頼りなく灯っていた。
「それでりゅーすけ。なんでおれたちを呼んだのか聞かせろよ。こっちはうめこを連れ出すのにすげー苦労したんだからな」
ひろみGOが凄む。そのうめこは本当に退屈なのか、先ほどからずっと白いスマートフォンに視線を落としていた。
コミュニティとしては全く統率がとれておらず、奏登やフルヘたちは雪を投げて遊び、ルメは携帯ゲーム機を持ち込みプレイに興じている。
こうしてまとまりがない皆の様子を見て、竜介は今回の目的を達成出来るだろうかと一抹の不安がよぎった。
何、いつもの事じゃないか。そう、いつも通りにやればいいんだ。
珍しく繊細になっている竜介は、普段の自分であれ、と己を戒めつつひろみGOの質問に答える。
「いやよ、先日岡田が…その、死んじまっただろ?だから皆集まって何かできる事ないかなーってさ」
「やってどうする?どの道皆忘れて思い出すこともなくなるよ」
さとこの冷淡な言葉が竜介の胸に突き刺さる。
違う、そうじゃないんだ。いや、そうかもしれないが……。
感情に訴える何らかの言葉が出そうで出ない。そのもどかしさに竜介は苛立った。
「呼んだのってそれだけ?明日も仕事だから何かあるならさっさと済まして帰りたいんだけど」
キスケは仕事をわざわざ早く切り上げて来てくれた。聡明な彼は、竜介が何かをしようとしているのを察しているのかもしれない。
皆の状況からしてあまり勿体ぶるわけにはいかないと思った竜介は、意を決して竜介軍少佐に提供された、奇天烈な情報を開示することにした。
「皆、こいつを一個ずつ取ってくれ」
竜介が何かを配って回る。その姿に、ひとまず皆の注目を集めた。
「なんだ、これ?」
雪遊びを止めて、フルヘが個包装された何かを街灯の近くに寄って確認してみると、それは……
「五円チョコじゃん」
一番最初に気付いたのはななしんだった。
「そう!五円チョコには都市伝説があってだな、五円でありながらミスプリントでパッケージに穴の開いていないキャラクターのものが存在するのだ!印刷会社も直ぐにこのミスに気付いたらしく、ロット単位ですらも存在しない超激レアチョコレートじゃ!」
「それで?」
キスケがすかさず続きを促す。
「うむ!それであまりにもレアなために変な噂が立った!それが、このチョコレートを食うと願いが叶うというものだ!るんるーん」
その五円チョコのパッケージは、確かに五円チョコのキャラクターが描かれていながら、“穴”が無かった。五円の象徴である穴が無いのである。だが封を開けて実物を見てみると穴がある。このような不適合品は本来市場には出回っていないはずだが、どういう訳か竜介はそれを入手し皆に配ったのだ。
「おい二等兵(竜介)。それで何をするんだよ」
竜介に粉雪を投げかけながら泰登が言う。
そうだ、願い事なんて叶うわけがない。珍しいものを入手しただけで願いが叶うのならば、身命を擲つことすら厭わぬ者も現れるだろう。竜介自身、自分が愚な事を言っていることを十分に承知していた。
「願いが叶うなんて俺も思ってないよ。重要なのは、俺たちが岡田のことを忘れないという事だ。良いか?今から皆で一斉にこの五円チョコを食う!それと同時に、岡田とどんな話をしたか、ここで思い出して欲しい」
「そんな事かょ」
場に沈黙が訪れる。
そしておさんぽがぱりぱりと封を切るのに倣って皆も続き、合図をする訳でもなく五円チョコを口にした。
十人も集まったのだ。岡田に対する記憶というものが、ここで一斉に想起される。中には当人と絡みがあまり無く、良く分からないという者もいるだろうし、岡田の死を冒涜する者もいるかもしれない。しかし、それでも良かったのだ。竜介の狙いは、とにかく岡田とはどんな人物だったか、どんな事を話したか、それを想起させる事そのものにあるのだから。
・・・
「もういい?」
うめこの言葉に、ひろみGOも続く。
「さみー。うめこ、折角北海道に来たから札幌でラーメンでも食べようよ」
挨拶をする事もなく、二人が公園を去ってゆく。
・・・
奏登とフルヘがスクアーロの大胸筋を触りながら公園の出入り口へ歩く。
「触んなよ」
「堅ってー」
「マジに堅いな」
隆々たるスクアーロの筋肉がよほど凄いのか、二人は驚歎の声を漏らしていた。
・・・
「さてと、帰ったら“竜介軍大帝国”を荒らすか」
帰路に着くキスケの足取りは軽そうだった。
・・・
「俺の絵、岡田くんにもっと見てもらいたかったな」
「そういえばあいつ、社会福祉士の勉強してたよね」
ななしんとさとこは、公園を出た後も岡田についての想起を続けていた。
・・・
「竜介、チョコありがとな」
「おう!俺の方こそ今日は来てくれてありがとよ!」
去ってゆくルメにおさんぽも続く。そして去り際に彼は言った。
「岡田 は 生 き 急 い で い た ん だ ろ う な」
「うむ、もう少し散歩でもするような余裕があればよかったのに」
おさんぽの言葉に、竜介の胸に改めてやるせない思いが募る。けれども、死者を悼む心は尊いが今を生きる者も大事だ。
自分の身の回りで、このような形で自らを決めてしまう者が再び現れないよう竜介は祈るのだった。
………
……

「(あれ…?)」
公園の花壇に、季節外れにも枯れ枝に混じって青いスイートピーの花が咲いているのが竜介の目に留まった。
竜介はこの花を知っている。それは彼が二十代前半、ヴィジュアル系バンドを始める前の事だ。
その頃交際していた女性の中で、花好きの人物がいた。彼女の自宅マンションのベランダには植木鉢に栽培されたスイートピーの花があって、無論竜介は花に関して全く造詣を持っていなかったが、その女性からは破局に至るまで花について教えられていた。今となってはその時得た知識は全て忘却の彼方にあるが、どうしたことか竜介は、その燃えかすの中からスイートピーについて思い出そうとした。だが燃えかすは燃えかすでしかない。結局それ以上の想起を止め、何か引っかかる思いはするものの、そのまま帰路に着いた。
確か先日母が購入したおでんセットがあるはずだ。今夜はそれで…。
爾来、竜介がこの花の意味について知ることはついぞ無かった。


この物語を岡田に捧ぐ。
(即興)